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Exa級vs"京"百台

 Exa級パソコンの開発を2020年代までに行おうというお話しですが、だったら、今、「既にある"京"を100台の方が良いのではないか」って言う議論があるですよ。
 なるほどと思えるのはスーパーコンピュータの場合、沢山のブレードで構成されていて、つまり、ブレード型のコンピュータを寄せ集めたシステムな訳です。大きさとエラーの検出ににこだわらなければ物理的にどんどん直列に繋げばボルテージが上がる乾電池みたいなところがあるですから、それだったら今や医療分野などに大活躍の"京"を100台持った方が使える分野が広がる事で世のためになるんではないかって言う話です。
 確かに一理あるのですが、ここは微妙な話なのですよ。Exa級スパコンを開発する過程で"京"をしのぐ性能のスパコンが作られていくのですよ。そうすると今の"京"をしのぐ性能のスパコンをもっと容易に作れるようになるです。まさにここが技術であり、この技術の蓄積が産業に貢献する度合いは大きいのです。
 さもなくば昔のように、既にある物を模倣し続ける方が"お利口"と言う事になるですが、今や知的所有権も国家的に蓄積して防衛していかなければならない時代です。何しろその点では破天荒な中国がExa級スパコンを日本よりも先に作ろうとしているのですよ。
 大勘違いの朴槿恵氏はもはや日本は過去の賠償をふんだくる対象としか見てないようですが、今後、アジア、アフリカと拡大していく経済の嵐は先進国だけではないグローバル経済を形成していくです。中国がやっている模倣も、かつては韓国が、その前は日本の十八番だったです。
 何も計算機(スパコン)だけがすべてではないですが、学力が低下傾向にある日本ですから、せめて技術の蓄積だけでも充分に行っておくべきなのではないですか。
 "京"を百個ご所望の方は村田蓮舫議員にも劣る短絡的発想であることに気がついていないみたいです。

atsu-papaの投稿(04:07:00-2013-05-09) - カテゴリ: 時事に思うこと

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